Ryugin Research Institute Ltd.

調査レポート

沖縄県内のオーバーツーリズムの現状および課題

要旨

・沖縄県を訪れる入域観光客数(以下、観光客数という)は、2012年度から2018年度まで7年続けて増加し続けており、沖縄県経済にプラスの影響を与えている。一方で、空港や二次交通の混雑、レンタカー事故、商業施設の混雑、一部の民泊業者や利用者による騒音やゴミ問題、観光客によるマナー違反なども目立ち始めており、オーバーツーリズムの問題が話題に挙がることが増えている。
・沖縄県内を訪れる観光客数の推移を「2010年度を100とする指数」でみると、沖縄県(沖縄県全体を意味している)と、八重山地域、宮古島地域で特徴的な動きがみられる。沖縄県と八重山地域は2012年度以降、毎年ほぼ一定の割合で上昇しているのに対して、宮古島地域は2015年度以降に一気に上昇に転じている。これは、宮古島地域を訪れる観光客数が急増していることを示している。宮古島地域は、ホテルや二次交通の受入態勢が追い付いていない可能性があり、ある意味、沖縄県内のオーバーツーリズムの縮図といえる。

・国土交通省の「平成30年度版 観光白書」によると、「特定の観光地において、訪問客の著しい増加等が、市民生活や自然環境、景観等に対する負の影響を受忍できない程度にもたらしたり、旅行者にとっても満足度を低下させたりするような観光の状況は、最近では“オーバーツーリズム(overtourism)”と呼ばれるようになっている」としている。ポイントは、受け入れる観光地側の側面と、訪れる旅行者の満足度、という両方の目線が含まれている点である。
・オーバーツーリズムには、観光地の市民生活や自然環境や、景観等など様々な観点での問題があるが、本レポートでは「観光客の増加が市民生活へ与える影響」にテーマを絞り、県内のオーバーツーリズムの検証を行う。

・宮古島地域は、沖縄県内のオーバーツーリズムの縮図ともいえる動きをしていることから、本レポートでは宮古島の現状を分析した。
・観光客数の推移は、航空機を利用する空路客、クルーズ船を利用する海路客ともに増加しているが、特に海路客の増加スピードは空路客をはるかに上回っていることが分かる。よって、宮古島地域全体の観光客急増の要因は、海路客の急増が背景にあることが分かる。次に、宿泊施設の収容人数と二次交通の輸送人員についての受入態勢をみると、どちらも観光客数がピークを迎える夏場には、逼迫(不足)している状況が分かった。
・宮古島でのヒアリングによると、ホテルは毎年6月から10月にかけて予約困難となることが確認された。レンタカーは、既往業者の保有台数増や新規企業の参入により、目立った不足感はなかった。タクシーは、空路客増加による不足は発生していなかったが、クルーズ船寄港時には海路客の利用が増加することから、一時的に不足することが分かった。量販店については、クルーズ船寄港時には海路客が買物に訪れることから、混雑が発生する時間帯があることが分かった。不動産については、ホテルの新規建設が相次いでおり、ホテル従業員用の住居確保が増えていることが分かった。また、ホテル建設に携わる建築関係者が島外から多数訪れることや、これら人口流入の影響で企業進出(飲食店、小売業、リネンサービス業など)も相次いでいることから賃貸物件の不足が発生しており、島外からの若者のUターンや転勤者の住居確保に支障が出始めていることが確認できた。また、島外からの投資も活発になっていることから地価や建設コストの上昇が顕著となり、地元住民による住宅建築や賃貸物件建築に支障が出始めていることが分かった。以上の分析により、宮古島地域においては一部にオーバーツーリズムの懸念があることが分かった。

・京都市の現地調査では、マナー違反、一部の観光地や市バスの混雑などの問題が生じており、産学官連携で様々な対策に取り組んでいる。マナー啓発については、京都市や京都市観光協会による啓発ツールの作成および周知の取組み、嵐山の「竹林の小径」における竹への落書き問題などへの対応策、京都錦市場における「食べ歩き」を遠慮してもらう段階的な対応策がみられた。施策については、「市民生活と観光の調和」を重視した混雑対策が進んでいる。観光地の混雑については、京都全体のキャパシティーをオーバーしているのではなく、特定のエリアや時期・時間への集中が問題となっていることから、場所・時期・時間の分散化について様々な施策を実施している。市バスの混雑については、バスの増車が難しい中、市バスから地下鉄の利用促進や、車内空間の快適性向上などの施策に取組んでいる。さらに、市民の観光に対する理解度醸成のために、観光がもたらす効果の見える化や周知啓発にも力を入れるなど、将来を見据えた網羅的な施策が行われている。

・鎌倉市の現地調査では、観光基本計画の策定、外国人観光客への啓発活動の状況、江ノ電「鎌倉駅」の実証実験、パーク&ライドの推進、鎌倉フリー環境手形、歩き観光の奨励、マナー向上に関する条例、ロードプライシングなどの事例についてみてきた。鎌倉市の観光スポットは鎌倉駅を中心とする狭いエリアに集中しており、そこに年間約2,000万人の観光客が訪れる。同エリアは神社仏閣・史跡、昔ながらの街並みが残る地域であり、環境の保全等の様々な制約もあり、道路の拡幅は容易でない。一方で、その景観は鎌倉らしさであり、地元では鎌倉観光の財産であると認識している。そのため鎌倉市では、現状のインフラ(道路状況、交通機関状況)を活かしながら、地域内の交通をコントロールする「交通需要マネジメント」の考え方を基本にしている。また、観光基本計画の策定や、各施策を策定するうえで、地元住民、商業関係者、交通機関関係者による意思疎通を図る場の設置や、事前の社会実験などが行われていた。行政だけではなく地元関係者と意思疎通を図っての取り組みには地元の一体感が感じられた。

・台東区(浅草)の現地調査では、観光バス専用の乗降場の設置の事例についてみてきた。浅草では増加する観光バスの路上駐車による道路渋滞が問題となり、同問題の解消策として、観光バス専用の乗降場の設置を行っている。視察の結果、①乗降場所は浅草寺を取り囲むように設置され、観光客が徒歩で移動しやすい距離であること、②すべての乗降場所に誘導員が配置されていること、③乗降場所周辺での道路渋滞や歩道混雑はみられないこと、④乗降場所以外での観光客を乗降するルール違反の観光バスは見かけなかったこと、などを確認した。適切でスムーズな運用は観光バス業者や観光客の利便性が向上するだけでなく、地域住民にとっても観光客の乗降による道路渋滞や歩道混雑が解消されて日常生活の利便性が確保されていた。

・県内のオーバーツーリズムについて「人口当たりの観光客数」「面積当たりの観光客数」でみる。人口当たりの観光客数をみると、日光市は147.0倍、鎌倉市は115.3倍、奈良市は47.7倍、京都市は35.9倍となっている。県内をみると、沖縄県は6.8倍、宮古島市は21.7倍、石垣市は28.8倍となっており、いずれも県外の有名観光地を下回っている。面積当たりの観光客数もみても、県内はいずれも県外の有名観光地を下回っている。つまり、国内有数の観光地と比べると、県内のオーバーツーリズムの度合いは低いといえる。
・次に、観光庁「持続可能な観光先進国に向けて」の「オーバーツーリズムの発生プロセス」に照らしてみる。同プロセスには①~③までのプロセスが記載されており、各々のプロセスに県内の状況が当てはまるか検証を行った(プロセス内容については、P29を参照)。その結果、どのプロセスにも沖縄県全体としては該当しないと判断した。
・県内ではオーバーツーリズムは発生していないといえる。ただ、モノレールなどの公共交通機関の混雑やレンタカーによる交通渋滞の発生、住宅地の民泊による騒音問題、外国人観光客のマナー違反など、オーバーツーリズムの懸念材料は一部にみられる。県内を訪れる観光客数は今後も増加することが予想される。県民意識アンケートの継続調査により、県民意識の変化をしっかりと捉え、オーバーツーリズムの発生プロセスと照らし合わせることは将来に亘り必要となろう。

・京都市の事例では、観光客へのマナー啓発の取組みと、いくつかの施策を紹介した。マナー啓発への取組みや連携体制は、外国人観光客が急増している県内においてもぜひ採り入れるべきだろう。また、混雑対策についても、夏がピークとなっている観光客数の平準化に向けた施策や、AI・ICTなどの先進技術を活用した施策、観光地以外の周辺エリアでの受け入れ態勢の整備などに、産学官が一体となって取り組む必要があろう。二次交通の混雑や整備に関する課題に対しても、京都市の市バスの多岐に渡る対策を参考に取り組める可能性がある。地域住民の観光に対する理解度の醸成についても、京都市のように、観光が地域経済にもたらす波及効果の見える化や、観光の意義・効果の周知啓発に力を入れていくことが望ましい。沖縄県が観光立県としてさらに飛躍するためにも、県民と観光客の満足度向上に努めながら、観光が県民にもたらす効果を県民に実感してもらう情報発信が今後ますます重要となる。

・鎌倉市の事例では、①地域住民の生活地と観光スポットがほぼ同エリアに存在している地域での施策、②現状のインフラ(道路状況、公共交通機関状況)を活かしつつ増加する観光客にどう対応するかを検討した施策、③行政、地域住民、商業関係者、交通機関関係者が意思疎通を図りながら一体となって策定した施策、といえる。県内においては様々な課題解決のために新たな予算を組んだ施策を行っているところであるが、それと並行して鎌倉市のように「交通需要マネジメント」の考え方による施策についても検討すべきと思われる。県内においてもモノレールや路線バスに乗れる周遊パスがあるが、その周遊パスとの組み合わせによるパーク&ライドや、歩き観光の奨励などが課題として挙げられる。また、歩き観光の奨励には、Wi-Fi拠点の整備や観光案内番の整備、公衆トイレや休憩場所等の整備などが必要となろう。これらの整備は県民生活にとっても有益であり、実現すると観光客増加による恩恵を県民が感じられる事例にもある。また、行政、地域住民、商業関係者、交通機関関係者が意思疎通を図りながら一体となっての施策の策定は、観光立県沖縄としての一体感も醸成されよう。今後の検討課題として検討する価値はあると思われる。

・台東区(浅草)の事例では、観光バス専用の乗降場設置について紹介した。同様の動きは那覇市においてもみられる。観光バスの乗降場の設置および待機場の設置は、観光バスの路上駐車による道路渋滞解消の手段として有効であり、今後の効果が期待される。一方で、道路渋滞の解消が目的であるならば、本来なら路上に乗降場を設置すべきでないと考えられる。用地を確保して路上でない場所に乗降場を設置することが、将来に向けての課題として挙げられる。

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